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「往診?ふむ、ふむ」
「あゝ、さうだつた。なあんだ!」
「ふうん、潰れるだらうな」
と、呟き、房一に向つてしきりとうなづいていた。
「もう、だいぶようなつたですわ」
「さうかよ。おれは又、河原町を通るんだとばつかり思つた」
「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」
「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」
と、彼女は半ば問ふやうに、まじまじと徳次の顔を眺めた。彼はいつの間にか戸口から少し家の中へ入りこんでいた。だが、その奇妙な遠慮深さのために片手で入口の柱をつかまへたまゝ、宛あたかもまだ家の中へはすつかり入り切つてはいませんや、と云つているやうな恰好をしていた。その時盛子は男が今一方の手で平つたい笊を抱へているのに気づいた。その中には笹の葉のやうなものがのせられ、下では魚の腹らしいものが光つて見えた。
と、房一は加藤巡査に云つた。御苦労だが、加藤巡査には角屋のところで本署の自動車を一先づとめてもらひたい。こつちは自分が引受けるから、こゝへ乗りつけないやうに何とか待たせていたゞきたい、その間にこちらの始末をつけ、自分が責任者になつて出向いてよく話をするから――。
ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出いでになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時――今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。
「何にしても、えらいこつてしたなあ」
「いや、わしは出んぞ」と叫んだ。