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「まだなかなかでせう。永いこつてすよ」
「ふうん、潰れるだらうな」
大石練吉は日盛りの往診からもどつて来ると、暑さのために不機嫌さうな顔になりながら、自転車を手荒らに立てかけ、とりつけた鞄もそのまゝにして、のつそりと診察所から上つた。
気がつくと、房一はさつきよりもぽつと明い、青味を帯びた中を走つていた。いつのまにか月が出たのだ。鉄橋を渡つて、町の中に入つた。月明りはこの人気の少い町一杯に輝いて、うるんで、物の形を一様な柔い調子の中でくつきりさせていた。
「なあんだ、まだ訴訟してるのか」
房一はその時、これは思つたより以上に面倒だな、と感じた。この場だけを円めればいゝといふわけにはゆくまい、云ひがかりをつけられるかもしれぬ。それから、徳次をこの場から去らせても後で鬼倉の配下の者に狙はれるかもしれぬ、といふことを突嗟とつさに考へた。彼は腹をきめた。そして、相手の顔に目をつけながらゆつくりと答へた。
のむことなら!といふ風に、練吉は切れ目をぱちぱちさせた。
「あんたの犬かね」
「あの人は来まいて」
感心したやうに呟くと、房一はくるりと向ふむきになつて歩き出した。
と、彼は恐しく手まどつて答へた。
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」